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「断捨離」が商標登録されていたことで話題に。“提唱者”であるやましたひでこ氏の著書を読んでみた

やましたひでこ氏の著書を読んでみた

「断捨離」という言葉はやましたひでこさんの登録商標です。無断で商用利用をすることは禁止されています。

私がこのことを知ったのは、2019年6月上旬のこと。

ネット上では、ブログでも収益化している場合、「断捨離」という言葉を出すと商用利用と取られる可能性がある、という話も。

そこで、以下の記事で使っていた「断捨離」という言葉を別の言い方に書き換えました。

メルカリにあれこれ出品して売れたけれど、物が全然減らなくてやめた話
メルカリで不用品を出品してみたら、売れました!でも、私にとっては意味がありませんでした。その理由についてお話しています。

正直なところ、この記事で「断捨離」という言葉を使ったからって、商標権侵害だなんてことにはならないと思います。

ただ、提唱者の考えを一切知らずにこの言葉を使う使わないを判断するのも如何なものかと思い、図書館でやましたさんの本を探して読んでみました。

今回は、本を読んで私が思ったことを書いてみようと思います。

 

なお、先に私のスタンスをお伝えしておくと、

  • ぶっちゃけ商標権騒動についてはそこまで興味がない
  • 私は片付けを積極的にしたいとか、ミニマリストとかではない
  • やましたさんを支持する訳でも非難する訳でもない
  • あくまで本を読んだ感想を記事にしたかっただけ

です。それを踏まえた上で、ご興味ある方は続きをお読みください^^

『ようこそ断捨離へ モノ・コト・ヒト、そして心の片づけ術』を読んだ

私が読んだのはこちらの本。

たくさんの本を出されているようですが、最寄りの図書館に置いてあったやましたさんの著書は2冊だけでした。

著者紹介はこのように書かれています。

やましたひでこ クラタ―・コンサルタント

大学在学中に入門したヨガ道場で心の執着を手放す行法哲学「断行・捨行・離行」に出合う。この後、この考え方を応用し、だれもが実践できる片づけ術「断捨離」を考案

「クラタ―コンサルタント」もやましたひでこさんの登録商標だそうです。「クラタ―」の説明も本の中にありました。

クラターとは、clutter、散乱したもの、ガラクタのこと。
取り散らかす、散らかる、心を乱す、という意味も。

p.15「序」の章 クラター・ガラクタ・むたむた より

この本がどういう本かと言うと、2007年3月から2009年1月までWeb上に綴ったブログをまとめたものだそうです。

(blog.goo.ne.jp/danshariというURLが記載されていますが、現在は削除されています)

全体を通したイメージとしては、うん、「ブログをまとめたもの」だな、という印象。

 

Amazonで「なか見!検索」ができるので、数ページ読めます。

サクッと読めそうな文章ですよね。全体的にこんな感じです。ハウツー本や啓発本というよりは、エッセイに近いような。

お弟子さんたちの断捨離体験などは書かれていますが、具体的な片づけの手法を伝授するというよりは、「断捨離」という思想を広めたい!という思いがあふれ出ている著書だなと思いました。

やましたさんが提唱する「断捨離」とは

この本には「断捨離とは」を説明する文章が何か所もあります。

ここから引用多めになりますが、下手に削るとかえって伝わりにくくなるかなと思うのでご容赦を。これでも一応、予定よりだいぶ削りました(^^;

 

やましたさんは収納術がご自身に合わなかったようで、

そこで、学生時代に入門したヨガ道場で学んだ断行・捨行・離行が浮上♪
文字通り執着を「断つ」「捨てる」「離れる」という行法ぎょうほう哲学・実践哲学。

モノは、入り口でストップの「断」
いらないモノは捨てるの「捨」
モノから離れて、片づけから自由になるの「離」

難しかった行法哲学が、日常の暮らしの中に落ちていきました。

収納に焦点をあてるのではなく、モノに焦点をあてるのでもなく、自分とモノとの「関係」に焦点をあてるのが断捨離だと気づいたのです。

pp.18-19 「序」の章 より

ちょっと軽いノリで書かれていますが、

  • やましたさんは修行を通してヨガの行法哲学に触れた
  • そしてその教えを日常生活に落とし込むレベルに到達した
  • 自分なりの解を新たな思想として広めようという使命感をいだいた

ということなのでしょう。きっと。

 

ここで唐突に私個人の話をしますが、学生時代からある武道を習っています。部活として4年間やりきった時には、それなりに技も体得し、お教えも心得たつもりでいました。

が、社会人になってからも続け、学べば学ぶほど奥深いことに気づく。

社会人経験もなければ人生経験も浅かった学生時代。若さに任せて体を動かし、ちょっといろんな言葉を知っているだけなのに、なんであんなに自信満々だったのか。

今思い出しても恥ずかしいわ。穴があったら入りたいくらいの黒歴史。

何が言いたいかというとね、学生時代にちょろっとやった程度では、技も思想も、とても凡人には習得できるものではないと思ったの。

きっとそれはヨガも同じ。

思想を理解し、日常生活に落とし込むようになるまでには、それなりの年数の修行と人生経験、常に考え実践し続けることが必須。生涯修行。

 

と、感じたので、ヨガの行法哲学の一つをご自身の登録商標とし、世の中に広めよう!と行動するのは、さぞこれまでの人生で修行と経験を重ねて来られたのだろう、と推察した次第です。

 

私はヨガに詳しくないのですが、ヨガの思想などを学びたい場合には、沖正弘さんの著書がいいようです。

こちらの本に、「断、捨、離」の表現も出てくるそうです。

断捨離はカタチから入る

やましたさんのヨガ修行のエピソードがありました。

さて、断捨離流の特徴は、徹底的に「カタチから入る」ということ。
うん十年も前、初めて入門した日のヨガ道場での質疑応答の場。導師は一言「初心者はカタチから入れ」と。

(中略)

カタチに注目し、カタチを身につけ、カタチを整えて。

この言葉の有用・有効性、そして、即効性は、知っておくべき。
見えるモノは必ず、見えないモノと一体だから。
見えるカタチは、必ず、見えない世界の象だから。

色即是空、空即是色ですよね、まさに勝手解釈すると。

pp.62-63 色即是空 より

初心者は、まず形から。うん、これはまだまだ経験の浅い私でもそう思います。

色即是空、空即是色は、私のお師匠様もよく仰る言葉です。

うーん・・・。でもごめん。これは正直、私はまだ全然解説できる域に達してない。あ、ちなみに私は無宗教者です。念のため。

やましたさんの断捨離との出合い

恥ずかしながら、我が断捨離について。

断捨離=断行・捨行・離行と出合ったのは、ヨガの修道場でした。
うん十年も前の、学生だった頃。
とはいえ、頭で理解しただけの行法哲学。
行法哲学だから、実践しないと、意味はなさないのだけど。
もともと執着だらけの我が身。
断つことも、捨てることも、離れることも、無理だった若かりし頃のことが、思い浮かんでくる……。
ヨガ修道場での、さまざまな体験はさておき、

p.103 「断」の章 より

さておくんかい!/(^O^)\

ヨガ修道場でのさまざまな体験が聞きたかったわ。

ちなみにこの後は、ものを捨てられないお母さまのエピソードになりました。

断捨離は、心を、人生を豊かにするための手段であり道具である

やましたさんは、断捨離を単なる片づけと捉えず、断捨離を行ったあとに得られる豊かな心を大切にしなさい、と言いたいんだと思う。

取捨選択を繰り返す中、おのずと、今の「私」が見えてくる。取捨選択のものさしは、他ならぬ「私」のものさしだから。

p.24  「捨」の章 ないのにある、あるのにない より

断捨離は手段であると書かれています。

断捨離は、暮らし・人生にゆとりを取り戻すための手段

p.27  「捨」の章 より

私が個人的に大事だなと思った箇所は以下。

見えない心の状態、心にトラブルがあるとしたら、それが物質界、住まいに現れる。
だからこそ、物質界にあるこの諸々をきれいに整える。
だからこそ、メンタルな世界の諸々がクリアに調ととの

p.34 「捨」の章 より

たぶん、「断捨離」だけじゃなく、他の世界(風水とか?)でも似たようなことを言っているのかなと思うんだけど。

断捨離という片づけは、道具として使えます。

(中略)

どうぞ、断捨離<片づけ>を、道具として使っていただければと。

p.35 「捨」の章 より

断捨離は手段であり、道具である。豊かな暮らしのための。

目指すは、厳選された少ないモノたちとの豊かな暮らしですね。

p.66 「捨」の章 より

断捨離はモノだけじゃない。あらゆるものを断捨離して悟りを得る

こういう本も書かれているようで。

※離婚の話?!と思いきや、なか見!検索とレビュー見るとそうではないらしい。

 

断捨離はモノだけにあらず。

モノの断捨離
行動の断捨離
人間関係の断捨離
観念の断捨離

【離】が、【悟り】であるならば、【断・捨】は、そのための【修行】。
悟りなんて、言葉にするだけでも、おこがましいけれど、まずは、モノから始めてみましょうか。

p.156 「離」の章 あらてめて、断捨離とは…… より

全体的にライトな感じの本なので、あまり深い解説はないのですが、時折「宇宙」「気」などの言葉が出てくるので、おそらくあらゆる思想に精通されているのでしょう。

モノから始めてステップアップしていき、豊かな人生を歩みましょう。と、雑な解釈かもしれませんが、仰りたいことはこういう事かなと思います。

断捨離は人それぞれでいい

最後に、こんなことを書かれています。

最近、つくづくと思う、人それぞれの断捨離があるのだと。
断捨離は、ツール<道具>。
どのように使いこなすかは、その人次第!
だって、みんな、オリジナルな存在ですものね。
どうぞ自由自在に操って!
それが、断捨離の目指す【離】の状態なのですから。

pp.229-230 「終」の章 変化の醍醐味 より

やましたさんにはお弟子さんがたくさんいるようです。

こういう部分を読むと、やましたさんを尊敬し支持する人がたくさんいるのも頷けます。

人生を豊かに。心を豊かに。でもそれぞれのやり方でいい。何かに悩み苦しんでいる人にとって、救いのような思想ではありませんか。しかもその手法は「まずは片付けから」。

そういうこと、ですよね?

「断捨離」という言葉も自由に使わせて、どんどんご自身の著書を勧めたら良いと思う

言葉は生き物だと思います。使われなくなれば廃れます。

せっかく素晴らしい思想をお持ちなら。本を何冊も出しているのであれば。

弁護士を通じて言葉の使用停止を求めるのではなく、ご自身の著書を勧めるとか。ブログやYouTubeであればちょっとコメントを入れるだけでもいい。

“正しい断捨離”を広める行動を取ればいいのでは、と思う。

商標権のことがよく分からないので安易かもしれませんが、私はそう思います。

 

「断捨離」の思想が踏みにじられたようで辛いのかもしれない。

ただ、争う姿勢を見せると、離れていく人、抵抗する人が出てくる。そういった人たちをバッサリと“断捨離”するおつもりなのだろうか。その先に待っているのは、本当に豊かな人生なのだろうか。

今の社会では人と関わらずに生きていくのはなかなかに難しい。それなら私は、なるべく争わず、和を以て貴しとなすような生き方をしたいかな。

 

ご興味があるかたは読んでみてください。多分、図書館にも置いてあります。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

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